月齢と旧暦についての基本知識

旧暦とは、月の満ち欠けで日にちを数える仕組みのことです。空を見上げて月の形で確認できるわけですから、わかりやすくて便利です。
でも月の満ち欠けは大体29〜30日で繰り返されますから、12回繰り返したときには1年(約365日)にちょっと足りず、13回繰り返した時には1年を大分過ぎています。そのままではどうしても毎年少しずつ季節がずれていくわけですから困りますね。
そこで実際にはちょっとした工夫をして改良されているのです。以下はその仕組みの説明です。


 月の形とは、月が太陽に照らされて明るくなっている部分を地球から見たときの形のことです。

 次の図では観察者は昼から夜に変わる境目(日の入の頃)にいます。太陽は遥か西の方角から地球と月(小さい円)を照らしています。
 このとき月も西にあれば地球からは月の照らされた面を見ることは出来ません。

 

 月が南や真上にあれば、右半分の半月が見えます。
 月が東にあれば、正面から太陽に照らされた満月となります。

 太陽が地球を回る速さと月が地球を回る速さは大体同じなので、その位置関係は一日中大体同じで、月の形も一日中同じです。 

 しかし厳密には月の方が太陽より少し(1日平均50分弱)遅いので、月の形は毎日少しずつ変わっていきます。(月の満ち欠け)
 

 例えばある日の月が下図のように地球からは見えないとしましょう。

       この時の月の見え方 (見えない)


 すると次の日には月は太陽よりやや遅れていますから、下のように地球から月の明るい部分のほんの縁が見えることになります。

       この時の月の見え方 


 数日経てば月はもっと遅れて、明るい部分がもっと見えてきます。

       この時の月の見え方 


 このようにして月の形は毎日少しずつ大きく見えるようになっていき、太陽の反対側に行ったとき満月となり、その後は今度はだんだん小さくなっていき、29日余りでまた見えなくなります。

 順番は 新月(見えない)・・右の三日月形・・上弦の半月・・満月・・下弦の半月・・左の三日月形・・新月・・です。

 月の形を新月からの日にちの数字で表わすと、新月は0、上弦は平均7.4、満月は平均14.8、下弦が平均22.1となります。この数字を月齢と言います。月齢は時々刻々と変化して24時間に1だけ進み、平均29.53(0.56程の幅がある)に達して0に戻ります。

 月齢は太陽、月、地球の位置関係によって決まりますから、国や地域で異なることはありません。日本で満月が昇ったなら、その日遅れて昇るヨーロッパやアメリカでも満月です(月の出の時刻は異なりますから、月齢も僅かに進んでいますが)。
 なお、同じ時刻(同月齢)に地球の東の端と西の端で眺める月は僅かに異なる角度から見ていることになります。しかし地球と月との距離は上の模式図に描いたよりずっと大きい(地球直径の平均30倍ほど)ので、見える形はほとんど変わりません。

 月と地球と太陽の位置関係は日食と月食の現象に関係します。日食・月食について

月齢と旧暦について

 明治の初めまで使われていた旧暦では、月齢0になる瞬間を含む日を毎月のついたちと定めるため、日付と月齢が連動していました。
 このサイトの月齢調べカレンダーは月齢0の瞬間を含む日を「月齢0の日」として表示していますから、どの日でも単純に表示の月齢に1を足せば旧暦の日付となります。

 ちなみに、満月の瞬間(時期によって月齢13.9〜15.6の間)はおおよそ旧暦の十五日から十七日午前までのいずれかの時刻となります。

 さて、ここで少し注意してください。月齢29の日は旧暦三十日に当たりますが、もしその日のうちに月齢が最大(平均29.53)に達すると、(月齢が最大に達すると0に戻るわけですから)その日は結局「月齢0の日」になってしまい、自動的に旧暦ついたちと決まってしまうのです。つまり三十日は存在しないことになり、二十九日の翌日がすぐに一日となるわけです。
 三十日まである月を大の月、二十九日で終るのを小の月といいます。


  (月齢29の瞬間が午後になるとき→大体その日は三十日)


  (月齢29の瞬間が午前になるとき→大体その日はついたち)



 これらの月が12ヶ月集まって1年になりますが、そうすると合計354日ほどにしかなりません。そのままでは暦と季節が大きくずれていってしまうことになりますが、実際には二〜三年に一度、1年が13ヶ月となるためその心配はありません。13ヶ月の年は何月かを二回続けることになります。その二回目の月を「閏(うるう)○月」といいます。七月のあとに閏七月があれば七夕を二回楽しめたわけです。

 旧暦は月の運行をもとにしたカレンダーですが、毎年太陽の運行に基づく二十四節気を基準に正月の位置を定めて季節との大幅なズレを防いでいます。このように陰(月)・陽(太陽)両方に依拠するカレンダーは、陰暦(太陰暦)ではなく陰陽暦(太陰太陽暦)と呼ばれます。ただし旧暦を俗に陰暦と呼ぶことはよく行われます。

厳密な意味での陰暦の代表はイスラム(ヒジュラ)暦です。1年は大体354日で少しずつ季節がずれていき、約32年で戻ります。(参考

 新聞に載っている月齢はふつうはその日の正午の値です。ですからこのサイトの月齢調べカレンダーに示されている数字とは最大で0.5の差があります。新聞の月齢を見て旧暦の日付を求めるには、例えば月齢7.3とあればその日のうちに月齢7.0の瞬間があるはずですから日付は八日、また月齢7.6とあればその日のうちに月齢8.0の瞬間があるはずですから日付は九日とします。ただし月齢29以上とあればその日のうちに月齢0の瞬間が来る可能性がありますから日付は三十日ではなく一日となるかもしれません。

旧暦の仕組みをまとめてみましょう。
●旧暦とは?

 月の満ち欠けは新暦の日付とは関係なく新月、満月、新月、満月・・・・と繰り返しています。
 ある年の例を図にすると・・・

 

 そして図で赤く示したのが旧暦の正月です。つまり、旧暦とは二十四節気の「雨水」の前にある最後の新月の日を元日とするものなのですが、わかりやすい表現では、

「立春」の前後でいちばん近い新月の日を元日とし、次の新月の日を二月一日、その次を三月一日・・・とする

 ものなのです。
 古今和歌集の巻頭に「年のうちに春は来にけり・・・」と詠まれているのは「まだ十二月なのに立春が来たのが面白い」という意味の歌ですが、立春が旧暦の十二月になるか一月になるかはだいたい半々の割合ですから、別に珍しいことではありません。

 旧暦は一年のうちいちばん寒いという「大寒」を過ぎて初めての新月の日が元日、と理解してもいいでしょう。

●旧暦の基本的原理

 新月(月齢0)の日をついたちとし、次の新月の前日までを一ヵ月とします。
 原則として二十四節気の「雨水」を含む月を正月とします。

「大寒」=春分から春分までの期間の12分の10に当たる日。雨水の約一ヵ月前。冬至を過ぎ、北半球が冷え切った頃。
「雨水」=春分から春分までの期間の12分の11に当たる日。春分の約一ヵ月前。冬至から時間が経ち、北半球が温まり始めた頃。
 
二十四節気とは


●新暦と旧暦の元日の違い

新暦の元日は毎年地球が冬至の位置から公転軌道上を10日ほど進んだ日になります。太陽に対する角度では約10度進んだところです(なぜそこになるのかについてはこのページのグレゴリオ暦とローマ暦について参照)。その日に月がどこに位置しているのかは年によって違います。

一方、旧暦では二十四節気の大寒付近から雨水の間(角度30〜60°)のどこかで、月が太陽と同じ方角にくる日(月齢0の日)を元日とします。その日に地球が公転軌道上のどこに位置するかは年によって少しずつ異なります。

新暦の元日と旧暦の元日のずれは少ない年で約半月、多い年で約1か月半となります。

地球上の赤い点では時刻が午前0時です。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  


参考図

 月の動きは毎日少しずつ太陽に遅れていきます。平均29.53日経つと丸一日遅れて元に戻った形となります。これが旧暦の1ヶ月。

 

 旧暦の1ヶ月の日数は29日か30日です。

 

 したがって旧暦の12ヶ月は354日ほどなので、次の年は前年より早い時期に始まります。

 

 このように旧暦の正月は毎年季節に対して少しずつ早まることになりますが、約3年経つと雨水の位置までにもう1ヶ月入ることになるので正月は一気にひと月後れた時期となって季節のズレはリセットされます。

 

 その結果13ヶ月となる年の各月は次のように名付けられます。
 一年の季節を下図のように雨水から始めて12等分すると、それぞれの節目(二十四節気のひとつ置きのもの。これらを中気という。)を含む月が順に一月、二月、三月・・・となります。
 ところが12の中気に対して13の月が対応するので中気を含まない月がひとつ出てきます。そこでそれを閏月とし、名前は直前の月と同じとします。

 

      (中気と中気の間隔は平均約30.4日、旧暦のひと月は約29.5日。)

 日本には6世紀ごろに中国の暦法が伝わりました。その後江戸時代まで(時代によって計算方式の細部は異なりましたが)暦は公式に発布されてきました。
 現在日本で「旧暦」とされているものは言わば民間の任意の計算によるものであり、江戸時代までのような公式に発布された暦ではありません。したがって計算方式の違いによって僅かに異なった暦となることがあります。ここで述べたのは原則の簡単な説明です。

注:
 1873年(明治6年)より前の日本史上の日付(月と日)は旧暦のものがそのまま使われています。ものの本にたとえ西暦何年何月何日と表記してあったとしても月と日の部分は特別な注記がない限り旧暦のものですので、たいへん不合理なことですが、そのまま西暦の日付であると誤解しないよう注意が必要です。
 例えば教科書にある「西暦1837年2月19日」という記述は「西暦1837年に大部分が重なる(旧暦の)年の、(旧暦)2月19日」を意味しています。しっかりとグレゴリオ暦で記述するとすれば「西暦1837年3月15日」ということになるのですが、慣習としてそのようには記述しないことになっているのです。
 参考:
日本史上の年表記についての問題

厳密な陰暦(太陰暦)とは

旧暦と季節感について

今日の月齢と月の形

月齢調べカレンダーはこちら
旧暦調べカレンダーは
こちら

和暦の年号と西暦との対応表

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