ハナの上に蜂が!
「皆さんこんにちわ。今日はいいお天気ですね。いまそこの会場の外にきれいな花が咲いてミツバチやチョウチョが飛んでましたよ。そこで今日はまずその『花』という言葉を材料にしてお話を進めさせていただきたいと思います。
さて、ここは東京ですし、皆さんもほとんど東京の方だと思いますのでいわゆる標準語を基準にしてお話を進めていくことをお許し下さい。別の地方であればまた別のお話しのしかたがあるのですが、今回はそういうことでお願いします。
えーと、花が咲いている・・・鼻が高い・・・とこう言いますと、意味がすぐに分かる。おなじハナと発音しますけれど、違うものの名前を言っているということは誰にも分かる。もちろん、今言いましたように別の地方の人であれば分からないということもありうる。例えば北関東の茨城、栃木辺りですと言葉の音感が全くないので、鼻と言っても花と言ってもさっぱり聞き分けができない。喋るときでも違いがないので録音して後で聴いてみると、本人でもどっちだか分からない、ということになります。その点、東京の皆さんは音感がしっかりしていますからちゃんと聞き分けができるわけですね。」
(みんなウンウンとうなづく。)
「では皆さんがちゃんと聞き分けができているかどうか念のため試してみることにしましょう。これから私が単語を一つ発音しますから、それがこの顔の真ん中にあるノーズか、あるいは外に咲いているフラワーであるか、判断して手を挙げてもらいます。いいですか。よく聴いてくださいよ。
ハナ。
はい、ノーズだと思った方、どうぞ。」
(半分ほどが挙がる。)
「あれ・・・? じゃあ、フラワーだと思った方。」
(残りが挙がる。)
「困りましたねえ。」
(ザワザワと困惑の笑いが広がる。)
「ではもう一度いきますよ。しっかり聴いて下さい。
ハナ。
はい、ノーズだと思った方、どうぞ。」
(周りを見ながら三割ほどが挙げる。)
「じゃあ、フラワーだと思った方。」
(残りのうち半分ほどがおずおずと挙げる。)
「あれーえ、残りの人はどうしたんですかあ?
どうも今日は耳の悪い人が集まったかな?花が咲くの花と、鼻が詰まるの鼻ですよ。ほら、全然違うでしょ?」
(もう一回お願いしますと声が上がる。)
「では、ハナ。」
(ザワザワする。しばらくして単語だけじゃなくて何か後に付けて発音してくれという声が二三上がる。)
「そうですか。じゃあ今日は特別に・・・
ハナの上に蜂が止まっている!
はい、ノーズだと思った方。」
(ザワザワ言いながら半分ほどが挙げる。)
「じゃあ、フラワーだと思った方。」
(手を挙げるよりもなにやら辺りは喧喧囂囂としてくる。)
「えー、静かに願います。えー今日は言葉のアクセントについてお話しをするのでしたね。私たちは発音が同じでもアクセントを変えることによって意味の言い分け、聞き分けをすることができます。そのことをアクセントの弁別機能といいます。今日はなんだかちょっと怪しいところもありますが(笑)、皆さんの耳を信じてもう少し考えてみましょう。みなさんそれぞれ自分で花と鼻を発音して比べてみましょう。花、鼻、というふうにしてよーく聞き比べてみて下さい。はいどうぞ。」
(ハナ、ハナ、ハナ・・・・・としばらく会場中がさんざめく。)
(ここで読者の皆さんも試してみてほしい。花、鼻、と言ってみると何が違うだろうか。ハと言った時点では違いはないが、ナと言うと明らかに違うと感じる人が多いはず。)
「はい、どうでしたか?」
(鼻のほうがナの音程が高い気がする、いや花のナが高い、いや、ナがちょっと長い、などさまざまな声。)
「では答えを申し上げますね。実は、二つの言葉は全くおんなじなのです。」
(エー?という声、ウンウンといううなづきも。いや、納得できないという声も多い。)
「実は私が自分の発音の録音を後から聴いてもサッパリ聞き分けはできないのですよ。納得できない人も後でもう一度考えてみるとはっきりしますからね。さて、それではもしこの二つがおんなじなのなら、どうしてさっきのように、つまり私のお話の最初のところのように聞き分けができるのかということになりますが・・・
さあ、そこで今度は、花が、鼻が、というふうに助詞をつけて聴き比べてみるとどうなるでしょう。はいどうぞ。」
(ハナが、ハナが、ハナが・・・・・としばらく会場中がさんざめく。)
「はい、どうでしたか?」
(ガの高さが違うという声が多い。うなづいている人も多い。)
「そうですね。はっきりしましたね。分かりやすく言えば、フラワーの意味の花が、はドミド。ノーズの鼻が、はドミミ、と聞こえますね。最後のガの高さが低くなるのがフラワーで、高いまんまなのがノーズというわけです。
はい、もう大丈夫ですね。では今度は助詞をつけて言いますから、ノーズだと思ったら自分の鼻を指差して下さい。フラワーだと思ったらこのように花が咲くしぐさをして下さい。では、
花が。 鼻は。 花です。 鼻から。 鼻に・・・・」
(全員正解を続ける。)
「OKですねえ。安心しました。みなさんOKです。もうちょっと続けますよ。
花だ。 花まで。 ハナの。」
(ここで答えがやや割れる。)
「あれ?もう一度いきますよ。ハナの。」
(再び混乱状態。)
「さあ、ここでさっきの文章へ戻って来たわけですよ。ハナの上に蜂が止まっている。さあ、どっちですか。ハナの上に蜂が止まるとびっくりするべきですか?当たり前の風景ですか? ハナの上に蜂が止まっている!」
(またも混乱状態。しばらく収拾がつかない。)
(そのうち要領を掴んだ人が言う。先生、これはどっちも正解じゃないですか?)
「はい、実はそうなんです。いろんな助詞や助動詞などはみんなフラワーにつくときとノーズにつくときで高さが違うんですが、ノという助詞だけはおんなじになっちゃうから聞き分けできないのです。
さて、そうすると、さっき皆さんが単語だけじゃなくて後に何かつけて、と言ったときに私はわざとノを使って、聞き分けができないように意地悪な文章で皆さんを困らせたというわけなんですよ。」
(なあんだ、という納得の空気。)
「ですから、皆さんの音感は大丈夫、ちゃんとしっかりしていたのです。どうぞ安心してください。
さて、このようにアクセントというのは、音の高低のことを言うのですが、単語自体の高低だけでなく、その後につく言葉の高低という部分も考えないといけないということになりますね。みなさんは・・・」
(と話は続くが、この先生の話が面白いのはここら辺りまでということを知らないみんなはまだ聞き入っている。)
参考
○ ○○ ○○
鼻 ○ 鼻が ○ 鼻の ○
○ ○ ○○
花 ○ 花が ○ ○ 花の ○
参考サイト
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