影法師のコブ

 小さい頃、壁に映った友達の頭の影に自分の頭の影を近づけていくと、まだ影の本体が離れているうちに双方の影にコブが出てきて、それからもう少し近づけるとコブがスーッと伸びてついには二つの影が吸い付くようにくっついてしまう現象が面白かった。

 不思議な現象であるが突き詰めて考えることなく過ごしているうちに、図書館で立ち読みした本にそのことが出ているのを見つけた。それは光の回折現象によるのだと書いてあった。

 子供心に直感的におかしい!と思わずにはいられなかった。

 回折とは間単に言うと、光が物体の縁をかすめたときに、その一部が直進せずにわずかに物体の裏方向に回り込んで進む性質のことである。その回折というものがなかったらこの現象は起こらないのであろうか。
 いま回折を考慮せずにこの現象の原因を説明してみよう。

 影は太陽の光が当たらない部分である。太陽光は極めて小さな光源(点光源)から出ているのではなく相当の大きさに見えるから、できる影もシャープではなくぼんやりした輪郭を持っている。日食のときに完全に太陽が隠れる皆既日食の見える地点では真っ暗になり、部分日食の地点では薄暗くなるだけなのも同じことである。

 さて友人は壁から2メートル程離れて立っている。私はそれより少しだけ壁に近い。だから頭がゴッツンコすることはない。二人ともクリクリ坊主である。

 壁に落ちた友人の頭の影はA:真っ暗な部分と、その周りのぼんやりした部分でできている。ぼんやりした部分は模式的に分けて言えば、B:相当暗い部分と、C:薄暗い部分と、D:相当明るい部分とで出来ている。

 私の頭の影も同様である。Eは影が当たっていない部分である。

 この時、Eの地点から太陽を見上げると

 
 のように見え、Dの地点から見上げるとそれぞれ

 と 
 のように、
(分かり易く描いてあります。太陽は物凄く明るいので実際はほんの少し見えるだけです。)

 またBの地点から見れば

 と 
 のように見えるであろう。

 ここで両方の頭が近づくと、まず双方のDが重なり、その部分は元のDより暗くなる。

 その部分から太陽を見上げるととなっているであろう。

 以下、近づくに従ってどう変化するか最初から順に並べてみる。画面からなるべく離れて、目を細めて眺めながらスクロールしてみよう。)

 単純化したが、実際はこれらのプロセスが無段階に滑らかに起こるのである。つまり、双方の影の真っ黒な部分(A)がまだ離れているうちに影の外縁が徐々に濃くなって見えてくる。それがコブが伸びるように見えることなのである。そして最後には真っ黒な部分がはっきりとつながってしまう。

 頭の影のように丸いものならばコブのように見えるが、直線的な輪郭の影同士ならばコブではなく、全体がスーッと吸い付くように合体する。

 頭の影の幅は20センチぐらいのものだろうが、影のぼんやりしている部分(太陽の一部の光だけが当たっている部分)の幅はどれぐらいあるだろう。太陽の視度は約0.5度である。サイン1度は約0.0175であるから、壁から2メートル離れた物体の影には約1.75センチの幅のぼんやりした部分ができる。他の細かい理由でこの数字は少し変るであろうが、それを無視して模式的に言えば双方の影のはっきりした部分が3.5センチまで近づいたときにこの現象が始まるわけである。(実際には屋外は太陽光の散乱によってものすごく明るいので事情は異なる。)

 このような現象を回折によると説明するのは科学の非常に悪い扱い方の典型的な例と言える。確かに回折は関係している。しかし回折に言及したいのであれば、前述のような説明の上にさらに回折がどの程度どのように関係しているかを述べるのが正しいやりかたである。

 影のくっつく現象については条件を変えてやってみると他にも細かいことが観察されるので面白い。


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