けふがなぜ

 「けふ」は「きょう」と読みます。「てふてふ」は「ちょうちょう」と読みます。
 と、国語の時間に習いましたね。歴史的仮名遣いというものでした。

 おかしい!おかしい!おかしいっ!!とあなたは思いましたね。変すぎる!と思いましたね。けふがなぜきょうなんだ、なんで昔はそんなデタラメに書いたのかと思いましたね。べつにそこまで思わなかったという人でも、なんか変だなと少しは思ったでしょう。

 イヤ俺は一切思わなかった、というのであれば何も言うことはないのですが、ちょっと無理してませんか?

 一応説明しますね。
 昔は実際に「けふ」と発音して「けふ」と書き、「てふてふ」と発音して「てふてふ」と書いたのです。

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 エーーーーーーッ!! っとあなたは思いましたね。

 学校ではそこのところちゃんと教えないので、ここでちゃんと説明しますね。

 「今日」は元々「ケフ」と発音して、平安時代に仮名ができてからは「けふ」と書かれた語でした。

「け」というのは「この」という意味の語です。「今朝」の「け」です。
「ふ」というのは「ひ(日)」と同じ意味の語です。

 ところで、平安時代は漢字や漢語が盛んに輸入されて、その発音がだんだんに日本語の発音の体系に影響を与えた時代でした。従来の日本語にはなかった発音のしかたが現れたのです。発音の自由度が増したため「ケフ」は省力化の方向に変化して「キョー」になりました。その模式的プロセスは次の通りです。

 1.まず、「ケフ」が「ケウ」になりました。

「フ」は口から息を出しながら発音するので、これを楽に発音すると「ケウ」のようになりやすいのです。口の前に手のひらを近づけて発音してみると「ケウ」の方が息が当たらないのがわかります。

 2.次に「ケウ」が「ケオ」になります。

「ケ」は口を開けたまま(顎を閉じないで)発音しますが、そのあと「ウ」は口をグッと閉じて発音します。閉じるのがめんどくさいので開けたまま言うと「ケオ」のようになります。

 3.そしてその「ケオ」が「キョー」になります。

「ケオ」を早く言ってみてください。「キョー」のようになります。

(以上はプロセスの模式的な説明です)

 ここでは「のように」という部分に注意。例えば我々は「ア」と「エ」の中間のように発音せよ、と言われてもそれは困難である。無理に発音しても日本語として既に存在する「ア」か「エ」かどちらかにしか聴き取ってもらえない。
 同じ理由で(1)で「ケフ」と「ケウ」の中間ではなくはっきりと「ケウ」として定着し、しばらくすると(2)で「ケオ」となり、すぐに(古来の日本語では「KEU」や「KEO」のように異なる母音が二つ連続する語は嫌われて不安定であったので)(3)で「キョー」となり安定した。

 このような理由で「ケフ」という発音は「キョー」に変化していったのですが、この間、仮名の書き方は「けふ」のまま変化しませんでした。人々は発音の変化には自分の発音ながらあまりはっきりとは意識しませんでしたし、書いた言葉の見た目の印象というものは案外根強いものですので、書き方はそのまま変わらなかったのです。そしてその長い間書いてきた「けふ」を昭和時代に制定された現代仮名遣いでは発音に近づけて「きょう」と書くことにしたのです。(「きょお」と書いたほうが本当は発音とぴったりなんですが、まあ「現代仮名遣い」もなんだかいい加減に決められたのだということで・・)

 歴史的仮名遣いってなんだか発音と違う変な書き方だなあ、と思っていた人は多いでしょうが、実は歴史的仮名遣いとは「大昔、仮名が発明された頃に発音通りに書いていたその書き方のままに書く」というはっきりした意味があったんですね。その後発音が変化してきたので、現代仮名遣いしか知らない今のみなさんが見るととても変に見えるということなんです。

もしも将来、ピッタリ発音通りに書く新しい仮名遣いが制定されると、その後きっとみんなはこう言うでしょうね。

エーーーーーーッ!? 現代仮名遣いって「今日」お「きょう」って書いてたの!? それわ変すぎるでしょお!


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