鞭を振ると鋭い音がする。あれはソニックブームなのだそうだ。ちょっとびっくりである。 まずソニックブームとは何か考えてみよう。 「音」の本体とは、何かによって叩かれた空気の分子がとなりの分子にぶつかって、それがまたとなりの分子にぶつかって・・と、ドミノ倒しのように伝わっていくものである(そのドミノ倒しの伝わる一定の速度が「音速」である)が、いま、音速を超える物体によって空気分子が叩かれるとどうなるだろう。分子はドミノ倒しのように次々に動きを伝えていく暇もなく、グシャッと圧縮された高速、高密度の塊り(衝撃波)とならざるを得ない。高密度部分は前進しながら減速、減衰していき、音波(ソニックブーム)となる。 筆者は昭和三十年前後には北陸の片田舎に住んでいたが、朝鮮戦争の余波ででもあったろうか、その頃にこのような衝撃音を何度か聴いている。それは何かが爆発したというよりはこの世界全てが破壊されると思われるような言語を絶する巨大音であった。飛行機が原因であったとすれば、今は機体の形状や飛行高度などの工夫により、滅多にこの音が聴かれることはなくなっているということであろう。 次に鞭は音速を超えるだろうか考えてみよう。 腕を時速100キロ程度で振ることは可能である。プロ野球の投球スピードが参考になる(手首のスナップは考えないとして)。 鞭の先端付近の模式図。BのポイントはAの10倍以上の距離を同時に走る。最先端のCはさらに大きな距離を走る。 これとは一応別に鞭の音について考えてみよう。 風呂の中で水面から指を出して一方向に動かしてみると、指の後方に二列のお湯の渦を観察できる。池の中に細い棒を突っ込んで強く動かしてみると手がぶるぶる震えるのが感じられる。いずれも水のカルマン渦によるものである。 なぜそんなものができるかについては、常識的に考えてみるとこんな風に言えるだろうか。 強い風が吹くときにピューピュー音がするのはこのエオルス音である。冬に聴こえやすいのは葉のない木の枝がカルマン渦を発生させやすいからである。風速が大きければ音は高くなる。 さて、猛獣使いの使うような大きな鞭の音を間近に聴く機会はそうそうないが、どうだろう、鋭い「ヒョウ!」というエオルス音(これをソニックブームであると思ってはいけない。)以外にそれとは違う音がするだろうか。床を叩く「ピシッ」という音も論外だ。 鞭の細い先端が超音速で空気を叩くことによる衝撃波は極めて小さい。ただ先端の形状により、ある程度の面積で空気を叩くことになれば、それによってできる衝撃波は減衰しながらも特有の音として聴取され得ることになる。それはかんしゃく玉のような、あるいは小さなピストルを撃ったような「パーン」という音に似ている。乾いた感じの爽快な音だ。
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