残り物には福?

 よくあるゲームの話である。
 三つのコップが伏せてあり、どれか一つに玉が入っている。それを当ててくださいというわけである。

 今私が「これです!」と一つのコップを指差したとする。その上で残りの二つのコップのうち一つを選んで開けて見てもいいですよと言われ、開けてみたところ玉が入っていなかったとする。答えは二つに絞られた。そこで「サービスです。答えを変えてもいいですよ。」と言われたら、私は答えを変えるべきか、変えざるべきか。

 既に玉のありかは二つに絞られている。確率はどちらも2分の1だ。変えても変えなくても同じだ。と言う人が多い。私もそう思う。それが常識だ。

 ところが、それは違うのだそうだ。ほとんどの数学者も確率は同じだと言うが、実は答えを変えたほうがよいのだそうだ。最初に指差したコップに玉が入っている確率は3分の1で、それは他のコップをどうしようが変化しないが、残りのコップを一つ開けてみたあとで選択するのであれば当たる確率はずっと大きいのだ。知能指数の極めて高いある天才がこのことを喝破したのだ――― と、ある本に書いてある。それ以上の詳しい説明はない。

 分かったような分からないような話である。

 ふつうに考えてみよう。

 起こり得る場合は次の三つである。それは同率で起こるはずだ。

 A 私が指差したコップに玉が入っている・・・ (答えを変えないほうがよい)
 B 開けてみたコップに入っている・・・ (ノーカウント)
 C 残りのコップに入っている・・・ (答えを変えたほうがよい)

 AとCが同じ確率で起こるのだから、答えを変えても変えなくてもおなじだろう。
 

 それなのに著者は(あるいは知能指数の極めて高い天才が)どうしておかしな考えに行き着いたのか。それを推測してみよう。

 私が指差したコップに玉が入っている確率は3分の1。
 残りの2つのコップに入っている確率は合せて3分の2。
 そのうち1つを開けて入っていなかったのだから、最後に残った一つにまるまる3分の2が割り当てられる。

 別の考え。
 一つのコップが開けられた後、事情を知らずに途中から参加せよと言われた人の立場を考えてみよう。目の前の二つのコップのどれかに玉が入っていると聞かされる。既に私が一つを指差している。残りの一つを選ぶしかない。それでも確率は2分の1だ。特に不利なはずはないと考えるはずだ。
 一方私は、三つのうちの一つを当てなければならなかった自分に比べ、後から参加した人は有利だなあと考える。
 とするとやはり私よりあとから選ぶ人のほうが有利なのだ。残り物に福があるのだ・・・

 と、こんなふうに考えたのだろうか。
 

 しかし、もう一度言う。
 一つのコップを指差している私はこう考えていいはずである。
 「最初これを選んだときは確かに当たる確率は3分の1で当たらない確率は3分の2だった。しかし別の一つのコップを開けてみてそれに玉が入っていないのが明らかになった時点で、当たらない確率のうちの半分がなくなったのだから、どちらの確率も同じになっている。」と。
 当たる確率は危機を一つ脱したことによって2分の1に増大したのである。残り物に特に福があるわけではない。答えを変える必要は特にない。

 これが私の結論である。そして常識である。

 しかし上記の本の記述は世の多くの数学者を無能呼ばわりするほどの自信に満ちたものである。やはり気にはなる。

 

 いちばんいいのは実験してみることである。
 一人での実験はやりにくい。どこに玉を入れたかを知らずに一つを指差し、しかも残りの二つからでたらめに一つを選ばなければならない。
 そこで乱数を使って実験することにした。

 まず1から3までの整数の乱数を得て玉の入ったコップの位置を決める。
 次に1から3までの整数の乱数を得て指差すコップの位置を決める。
 次に1から2までの整数の乱数を得て開けてみるコップの左右を決める。

 試しに100回やってみよう。この時点で私はまだ結果を知らない。私の期待するのは開けてみるコップに玉がある回数(無勝負)が約33、指差したコップにある回数(私の勝ち)が約33、残りのコップにある回数(私の負け)が約33である。

 実験スタート!

玉の位置 指差す位置 開ける左右 勝負
3 2
2 3 ×
1 1
2 2
1 1
3 3
1 3 ×
2 3 ×
2 2
3 3
3 1
3 2
2 1
3 1
1 1
2 3
1 3
1 1
3 3
3 1 ×
2 1
2 2
1 1
2 2
1 3 ×
2 3
1 3 ×
3 1 ×
1 1
1 2
3 1
3 2 ×
2 1
1 3
3 2
3 1
3 2
1 1
2 3 ×
1 3
3 1
2 2
1 1
2 1
3 2
1 2 ×
1 2 ×
2 2
2 1
3 2 ×
2 1
2 2
1 2 ×
1 1
2 3 ×
3 3
1 3
1 3
2 2
3 1 ×
2 3 ×
2 2
2 2
1 3 ×
2 1
1 2
2 2
2 1
3 1
1 3 ×
2 1 ×
3 3
3 3
2 1
1 2 ×
3 1 ×
1 1
2 2
1 2
1 2 ×
3 2 ×
1 1
2 1 ×
3 3
3 3
2 2
3 3
2 3
1 2
1 1
3 1
1 3
1 3
1 3
2 1 ×
1 2 ×
2 1 ×
3 2 ×
2 2
3 3

 結果は開けたコップに玉がある回数が36、指差したコップにある回数が36、残ったコップにある回数×が28である。
 
×を大幅に上回る気配はさらさらない。(どころか、むしろ逆ではないか(ーー;) むろんいわゆる誤差の範囲内だが・・・)
 常識に間違いはなかった。

 このあと回数を多くしていけばいずれの数も33〜34パーセントの辺りに落ち着くはずである。

 

 結論。常識が正しかった。多くの数学者も正しかった。
 しかし前記の本の著者は考え方を誤ったとしても実験をやってみれば良かったのだ。それを怠ったので考えを修正するチャンスを逸したのだろう。


話はこれで終らない。

 良く似た問題で微妙に違う話がある。
 私がコップを指差したあと、答えを知っている出題者が残り二つのコップのうち玉の入っていない方を開けて見せてくれるというのであれば話は違ってくる。
 この場合は答えを変えたほうがずっと良いのである。変えない場合の2倍も当たるのである。ちょっと常識を裏切るようだが、これは手品のようなものである。

 なぜそうなるかと言えば、次の二つの場合のどちらに賭けるか考えれてみればよい。

 1.私が最初に指差したコップが正解であって、答えを変えないほうが良い。―――これは1/3の確率で起こる。
 2.私が最初に指差したコップが不正解であって、そして出題者がもう一つの不正解のコップを開けてくれるので、答えを変えて最後のコップを選んだほうが良い。―――これは2/3の確率で起こる。

 というわけである。答えを知っている出題者が意図的にコップを開けるとこんなに結果が違うことになるのである。

 実はここに本質がある。ランダムな操作と意図的な操作とを同列に論ずることは全く出来ないのだ。このことをうまくごまかして話をすると人をびっくりさせることができるから、上記の本の著者はこちらの方の話をすれば良かったのである。ひょっとしてそのつもりだったのが勘違いをしたのだとしたらお気の毒なことだ。(私はそうにらんでいる。実際にアメリカのTV番組に三つのカーテンに隠した商品を当てるショーがある。どうもそれを翻案した話をするつもりであったらしい。)

 

出題者が意図的に空のコップを開け、私が答えを変えないときの結果

玉の位置 指差す位置 開ける位置 勝負
3 2 1 ×
2 3 1 ×
1 1 2or3
2 2 1or3
1 1 2or3
3 3 1or2
1 3 2 ×
2 3 1 ×
2 2 1or3
3 3 1or2
3 1 2 ×
3 2 1 ×
2 1 3 ×
3 1 2 ×
1 1 2or3
2 3 1 ×
1 3 2 ×
1 1 2or3
3 3 1or2
3 1 2 ×
2 1 3 ×
2 2 1or3
1 1 2or3
2 2 1or3
1 3 2 ×
2 3 1 ×
1 3 2 ×
3 1 2 ×
1 1 2or3
1 2 3 ×
3 1 2 ×
3 2 1 ×
2 1 3 ×
1 3 2 ×
3 2 1 ×
3 1 2 ×
3 2 1 ×
1 1 2or3
2 3 1 ×
1 3 2 ×
3 1 2 ×
2 2 1or3
1 1 2or3
2 1 3 ×
3 2 1 ×
1 2 3 ×
1 2 3 ×
2 2 1or3
2 1 3 ×
3 2 1 ×
2 1 3 ×
2 2 1or3
1 2 3 ×
1 1 2or3
2 3 1 ×
3 3 1or2
1 3 2 ×
1 3 2 ×
2 2 1or3
3 1 2 ×
2 3 1 ×
2 2 1or3
2 2 1or3
1 3 2 ×
2 1 3 ×
1 2 3 ×
2 2 1or3
2 1 3 ×
3 1 2 ×
1 3 2 ×
2 1 3 ×
3 3 1or2
3 3 1or2
2 1 3 ×
1 2 3 ×
3 1 2 ×
1 1 2or3
2 2 1or3
1 2 3 ×
1 2 3 ×
3 2 1 ×
1 1 2or3
2 1 3 ×
3 3 1or2
3 3 1or2
2 2 1or3
3 3 1or2
2 3 1 ×
1 2 3 ×
1 1 2or3
3 1 2 ×
1 3 2 ×
1 3 2 ×
1 3 2 ×
2 1 3 ×
1 2 3 ×
2 1 3 ×
3 2 1 ×
2 2 1or3
3 3 1or2

 指差したコップにある回数○が36、残ったコップにある回数×が64。明らかに答えを変えた方がよい。


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