補講103教室

特別授業:音便表記についての誤解

 「歴史的仮名遣ひは発音が変化しても表記を変へないのが原則だが、音便は発音と元の表記の隔たりが大きいので妥協して表記を変へる」・・・

 といふ理解は間違つてゐます。

 

 「会ひて」は昔は「アフィテ」と発音されましたが、その後「ひ」の部分が「イ」と発音されるやうになりました。「会ひて」と書いたまま自然に「アイテ」と発音するやうになつたわけですから、改めて「会いて」などと書くことはありませんでした。同じ語が歴史的に発音だけ変化してきたわけです。元の「アフィテ」といふ発音は忘れ去られました。
 このやうな現象を転呼と言ひます。

 これに対して音便と言はれる「会うて」や「会つて」は、「ひ」の仮名が「ウ」や「ッ」と読まれたわけではありません。それらは元の語とは明らかに違ふ言ひ方であると意識されて新たに使はれ始めた新語であり、元の「会ひて」はそれと関係なく相変はらず残りました。(元の語は「フォーマルな」言葉、音便形は「今風の」言葉と意識されたでせう。)

 

 前者の「転呼」は語が変化したのではなく、単に仮名の発音習慣の方が変化したに過ぎないものです。語そのものは一貫して同じ語ですから、もちろん表記も一貫してゐます。

 後者の「音便」は新語の誕生(創作)です。新語ですから誕生したときの発音のままに書かれます。元の語も古い言ひ方や改まつた言ひ方として元の書き方のまま残ります。それぞれ別の語なのですから表記も別々であるのが当然です。
 分かりやすい例で言へば「あんた」は元々「あなた」だつたのだから「あなた」と書くべきだといふことにはなりません。「あんた」は「あなた」とは別の語として「あんた」と書かれるのです。

 

 以上のことを理解してゐないと歴史的仮名遣ひの原理に齟齬があるやうに感じてしまひます。
 歴史的仮名遣ひにおける発音と表記の関係は首尾一貫してゐると理解してください。

詳しくは発音の変化と表記の関係参照


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