補講301教室

特別授業:「はひる」について

 「入(はひ)る」といふ語は「這ひ入る」の発音の一部が脱落したものです。このやうな場合は前の「ひ」の部分を発音した後、次の「い」の部分の発音を省略したものと見て「はひる」と書くのが原則です。言語の継時性、発音の生理から言つてもそれが自然です。

 つまり、発音の一部脱落によって採るべき仮名の候補が二つ生じる場合は原則として前者を採ることになります。

さはわたり(沢渡)→さはたり  やしほをり→やしほり(八塩折)

 も同じです。

 ただしその結果、漢字表記において振り仮名が一字も当てられない漢字が生じるときはこの限りではありません。

川和田→×かはだ ○かわだ など

 

 ここで「入る」に戻りますが、この「入る」の表記は「イル」と読み間違へられてしまふおそれがあります。そこでそれを避けるために敢へて「這入る」と書くことがあります。さてこのときに、「這入る」に振り仮名を付けるとするとどうなるでせう。
 「這入はひる」と振つてしまふと、いかにも「る」の部分の齟齬が目立つてしまひます。ここは「這入はいる」としたくなるのが人情といふものです。しかしそれはやはりまづいでせうね。

 原則を言へば「はひる」の正しい書き方は「入る」なのですからそのやうに書く限り振り仮名の問題は生じません。しかし「這入る」と書いてはいけないとまでは言へないのですから、もし「這入る」と書いた時には振り仮名は振らない、あるいは振り仮名のことを考へないやうにする、といふことにしておきませう。

 もしこの語が大昔からずつと「這入る」と書かれ、現在でも「這入る」が正しい書き方であつたとすれば、仮名遣ひは「はいる」といふことになつてゐたかもしれません。



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