補講307教室

特別授業:「ぢめん、ぢしん」について

 「現代仮名遣い」において「地面」や「地震」がなぜ「ぢめん、ぢしん」ではなくて「じめん、じしん」になるのか分からないという人、またその説明は読んでみたけれど納得できなかったという人は多いようです。「現代仮名遣い」の決まりの中でこの問題がいちばん分かりにくいもののようなのですが、なぜそうなってしまっているのでしょう。

 「現代仮名遣い」では原則として「ぢ」の仮名を使わず「じ」を使う。ただし「ち」が濁った場合であるときは「ぢ」と書く、という決まりがあります。
 この決まりは分ります。でもそのあとが分からなくなるのです。

A: 「地」という漢字の読み方には「ち」のほかに元々「じ」という濁った読み方があります。「地面」や「地震」の「地」は「ち」が濁ったものではなく最初から「じ」なのです。

 この説明Aは決して意識的な誤魔化しというわけではないのですが、結果的に多くの人を惑わせる極めて不適当なものになってしまっています。

 今、試しにこの説明を歴史的仮名遣いで書いてみることにしましょう。

B: 「地」といふ漢字の読み方には「ち」のほかに元々「」といふ濁つた読み方があります。「地面」や「地震」の「地」は「ち」が濁つたものではなく最初から「」なのです。

 さあ、このように説明されれば別に難しいことはなく、ああそうなのかと受け入れられるではありませんか。

 そこで、この説明Bの文を改めて現代仮名遣いに変えてみましょう。現代仮名遣いでは原則として「ぢ」という文字は使わないと決められていますので機械的に「ぢ」を「じ」に変えます。

A: 「地」という漢字の読み方には「ち」のほかに元々「」という濁った読み方があります。「地面」や「地震」の「地」は「ち」が濁ったものではなく最初から「」なのです。

 こうやって冒頭の説明文Aが出来上ることになるわけですが、このように書き換えられると、とたんに分からなくなってしまいます。つまりこの書き方は「文字の使い方を制限した書き方でその文字について説明している※1」という不条理によって重大な欺瞞を招いてしまっているのです。

 この問題の正しい理解の説明を現代仮名遣いベースで誤解のないように精一杯誠実に試みるとすれば次のようになるのではないでしょうか。

C: 「地」という漢字の読み方には「ち」のほかに元々「ぢ」という濁った読み方があります。「地面」や「地震」の「地」は「ち」が濁ったものではなく最初から「ぢ」なのですが、
「現代仮名遣い」では(「ぢ」という文字は「ち」が濁った時だけに使うということにしたので、)このような元々「ぢ」であるものは「じ」と書くのです。

 ああ、やっぱり元は「ぢ」だったのか、と胸にストンと落ちましたね。

 つまりこの問題を正しく説明するためには「現代仮名遣い」の規定を挙げて「じ」の方が正しいのだと答えるだけでは真に答えたことにはならず、元々「ぢ」であったのを「じ」に変えることにしたのだというところまで説明しなければ真の理解を得られないのです。

 それではなぜ国語の教科書でこのCのような正しい説明を行うことが避けられているのでしょうか。
 それは、なによりもまず、「ぢ」という文字は使わないと決めてしまったので上記の通りに書くことが不可能であるからです。またそれに加え、一見しただけでは何とも不合理に見えるこの内容をそのまま記述することは、なぜそんな理屈に合わないことをするのだと、国語に対する不信感を抱かせてしまうことにつながるからです。寝た子を起こしたくないから、とも言えるでしょう。

 この問題について現在ネット上の質問サイトなどで正しい認識による回答を見ることは稀です。単なるAの鵜呑み※2であったり、またその鵜呑みをさらに説明しようとして不可解な解説※3を付け加えたりしているものがほとんどです。今後も、Cのような説明が教科書や公的な文書に採用されでもしない限り、正しい理解が広まっていくことは望み薄と思われます。

 簡単化を目指した「現代仮名遣い」の規定が却って事情を複雑にしてしまっているのは自縄自縛の観があります。


参考:
「地」と同じ事情にあるものに「政治、療治」などの「治」、また似たものに「図、豆、頭、杜」などがある。


※1「文字の使い方を制限した書き方でその文字について説明している」とは・・
  例えば「漢数字は使用せず、すべて機械的に算用数字に書き換える」と決めてしまった文書の中では次のような記述が行われることになる。

「1」と「2」と「3」はそれぞれ1画、2画、3画であるが、「4」は5画である。

 これではまるで意味をなさない。正しくは本来の漢数字を使って 「一」と「二」と「三」はそれぞれ1画、2画、3画であるが、「四」は5画である と書かれるべきもの。

2の例2つ:

1.「地」は「ち」と読めるのに、「地面:じめん」「生地:きじ」はなぜ「し」に濁点?という疑問のおたよりを多くいただきます。それは、「地面」の「じ」や「生地」の「じ」は、「ち」が濁ったものではないからです。これはもともと「じ」と読みます。つまり「地」には「ち」と「じ」の二つの読み方がもともとあるということです。ですから、「地」はどんなときでも、「ぢ」とは書かない。と覚えておくとよいです。(NHK「トクする日本語」(削除されている) より)

 疑問がはぐらかされている。「自称専門家」の無責任で稚拙な回答。NHKは言葉の専門家ではない。
 現代仮名遣いで「地」を「ぢ」と書く語はいくらでもある。
 例えば「大辞泉」(小学館)では耕地の良し悪しをいう「地味」に「ぢみ」、「痩せ地」に「やせぢ」、その他沢山の語を載せている。

2.漢字辞典を引くと、「地」の音読みには「チ」と「ジ」の二つあることがわかる。「地面」はこのうちの「ジ」を使っているのである。

 辞典の記述を説明に使ったのは良いが、ではどうして「ヂ」ではなく「ジ」なのかと疑問が残る。

※3の主なもの:

地には漢音の「チ」と呉音の「ジ」がある。地面は呉音を使っているので「じめん」が正しい。

 核心を外している。答えている本人もどこまで理解しているか疑わしい。衒学的なだけに有害な回答。



 スッキリしない人は追記もご覧ください。




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