補講401教室

特別授業:や行の「え」について

 10世紀半ば頃までは「あ行のえ」と「や行のえ」の発音は異なつてゐたと言はれます。
 「あ行のえ」は「エ」、「や行のえ」は「イェ」のやうでした。ですから仮名で書くときはあ行のものは「え」、や行のものは「」(「江」を崩した仮名)、などと使ひ分けられてゐました。
 例へばあ行動詞は「えて」、や行動詞は「おぼて」などのやうに書かれました。
 ところがその後早くに両者の発音が同じになつてしまひましたので書き分ける必要がなくなりました。当時は素朴に発音通りに書く時代ですから「仮名遣ひ」といふ殊更な概念はありません。かうして「え」と「」は混用されるやうになりました。
 その後「え」のみの「いろは歌」が生まれ、以後その47文字が規範と思はれるやうになりました。「え」が二つあつたことが忘れ去られたあとに仮名表記システムが安定したのです。

「や行のえ」の字母漢字
 江兄吉枝柄盈要曳延叡遥

「あ行のえ」の字母漢字
 榎荏衣依亜愛哀埃

いろは歌の頃以降はどちらも同じ「え」として通用したが平仮名として優勢なのは「衣、江 盈、要」などであつた。なほ、平仮名「え」の元は「衣」、片仮名「エ」の元は「江」。

 現代ではこの経緯が明らかとなつてゐますので、同じ半母音の行であるわ行には4つの仮名があるのにや行には3つしかないことを捉へて、47文字システムは不完全だと考へる人もゐます。実際もし「え、」両者の発音の相異がもうしばらく後まで続いてゐたとしたら平仮名システムは48文字で固まつたはずで、それはとてもスッキリした形であつたでせう。
 一方、長い間現実に存在しなかつた仮名を今無理に復活させてそこまでの完全な整合性を求めるのは自然言語のあり方として不適切だとする考へもあり、実際には広く後者の考へ方が受け入れられてゐます。

 

48文字システム

この部分は音声学的に極めてあ行の発音に似るので元々あ行と異なる仮名は存在しなかつた([j]+[i]は極めて[i]に近く、[w]+[u]は極めて[u]に近い)。



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