美しい自然子供たちの躍動を取り巻くさまざまな自然の印象的な記述は「風の又三郎」のなくてはならない重要な要素です。
今、そのポイントを「美しさ」と「ダイナミズム」と見てみましょう。
まず、冒頭の学校周辺の描写や四日の雨上がりの風景などによって、ものがたりがこよなく美しい世界の一断面であることを私たちは忘れないでいることができます。
また、風景はうねるように震えるように時時刻刻の変化が顕著ですが、ただ激しく動くだけではない、動に挟まれた静の部分がビバルディ「四季」の油のような夏の描写を思い起こさせもします。ものがたりのバックボーンとして、はてしない深み、生命力を秘めた自然が存在することをあたりまえのように感得できる所以でしょう。ここで作者の有名な言葉を二つ挙げておきましょう。
じつにわたくしは水や風やそれらの核の一部分で
それをわたくしが感ずることは
水や光や風ぜんたいがわたくしなのだ
口語詩「種山ケ原」(春と修羅第二集)下書き稿「種山と種山ケ原」よりもし風や光のなかに自分を忘れ世界がじぶんの庭になり、あるひは惚として銀河系全体をひとりのじぶんだと感ずるときはたのしいことではありませんか。
宮沢清六氏宛書簡(校本全集書簡番号212)より
ものがたりの自然描写の背景には作者のこのような自然との交感力があったことも忘れるわけにはいきません。
さて、そんな美しくてダイナミックな自然描写をじっくりと読んでいきますと「風の又三郎」の舞台にスッと溶けこんでいくような気がします。そして更には・・・
是非たて書きの文章で読んで下さい。
青い世界
自然の描写における色彩表現に注目してみますと「青」と「白」が目立っていることがわかります。そのうちの「青」について見てみましょう。
「青」という文字自体は作品全体で23ヶ所使われているのですが、その対象を見ますと、植物の(未熟な)色を表すのが7ヶ所、植物の葉裏の色3ヶ所(うち2ヶ所は「青じろく」、1ヶ所は「青く白く」)、空の色3ヶ所、陰影の色3ヶ所、粘土の色3ヶ所、木の光2ヶ所と、自然についての描写が21ヶ所に及んでいます(他に顔色1ヶ所、らっこの色1ヶ所)。
またその上、同じく「あお」と読みますが「碧」の文字を使って2ヶ所で「ほんとうの野原」を描写しています。「碧」はもともと青い美しい石の意味で、もっぱら空や海の色を描写するのに使われますが、ここでは遠く広い野原のイメージが美しくとらえられていると言えるでしょう。
そしてもう1ヶ所、これも「あお」と読みますが「蒼」を使って4日の風景を描写しています。「蒼」はもともと草木が茂るさまのことですが、心が色を失った状態を表すのに使われます。嘉助の心に対応している風景の表現です。
さて、それらを含めて自然描写では全部で24ヶ所も現れている「青・あお」に対して、「緑」は(また「紺」や「藍」も)たったの1ヶ所も使われていません。なぜ作者は「青・あお」(あるいは「青白」)にこだわったのでしょうか。
作者の比較的前期には、一種の精神病理学的症状として青い(あるいは青白い)色の景色とその不気味さに押しつぶされそうになる心理の体験があったと言われています。作者にとって景色が青白く変わるということは精神の破綻につながる類の一種恐怖感を伴う、世界の反転現象のようなものであったかもしれません。
また「オホーツク挽歌」(「春と修羅」)の中で作者は青い風景を描写しながら、青い色は亡き妹(トシさん)の持っていた特性であると言っています※。つまり青はこの世ならぬものの色でもあるというのでしょう。
作者の他の作品を広く見ますと、桜が青かったり夕日が青かったり、一般的な感覚とは異なる表現にしばしば出会います。作者の特異な感覚が見出す自然界のおびただしい「青」の要素はわれわれの普通の注意力では捉えることができません。とすれば、「青い」という「色」の感覚ではない、別の感覚をとぎすますことによって自然が青いという意味のわれわれなりの本当の感覚をとらえることができるということもあり得るでしょう。作者の描く自然が美しく透明感にあふれたものであると同時に底知れぬ深さ、時には不気味さをも備えたものであるのは、この「青」の働きによるところが大きいといってよいでしょう。
※「(略)わびしい草穂やひかりのもや/緑青(ろくしょう)は水平線までうららかに伸び/雲の累帯構造のつぎ目から/一きれのぞく天の青/強くもわたくしの胸は刺されてゐる/それらの二つの青いいろは/どちらもとし子のもってゐた特性だ(略)」
しんとした風景
日本文学鑑賞辞典(東京堂出版)で指摘されている自然の神秘感を表す「しんとして」という表現及び類似の表現(子供たちがしんとなったものは除く)を本文から抜き出してみました。※1
9月1日
というわけは そのしんとした朝の教室のなかにどこから来たのか まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり一番前の机にちゃんと座っていたのです。
9月2日
また昨日のように教室の中に居るのかと思って中をのぞいて見ましたが教室の中はしいんとして誰も居ず黒板の上には昨日掃除のとき雑巾で拭いた痕が乾いてぼんやり白い縞になっていました。
9月4日
黒板から降る白墨の粉のような、暗い冷たい霧の粒が、そこら一面踊りまわり、あたりが俄にシインとして、陰気に陰気になりました。
そして、黒い路が、俄に消えてしまいました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が吹いて来ました。
9月6日
たばこばたけからもうもうとあがる湯気の向うで、その家はしいんとして誰も居たようではありませんでした。
9月8日
ところが、そのときはもうそらがいっぱいの黒い雲で、楊も変に白っぽくなり、山の草はしんしんとくらくなり、そこらは何とも云われない恐ろしい景色にかわっていました。
9月12日
昨日まで丘や野原の空の底に澄みきってしんとしていた風が、今朝夜あけ方俄かに一斉に斯う動き出して、どんどんどんどんタスカロラ海床の北のはじをめがけて行くことを考えますと、
昇降口からはいって行きますと教室はまだしいんとしていましたが、ところどころの窓のすきまから雨が板にはいって板はまるでざぶざぶしていました。
そのほか風に関する描写については「風の又三郎」を吹く風をごらん下さい。また、作品に登場する動物と植物については動植物たちにリストがあります。
なお自然の描写については、専門家から見て「風の吹く様子、雲が流れる有様、川の地形、地質の状態、そして魚や草木の生態・・・・・・など、じつに的確に科学的に記述されている」(「宮沢賢治と自然」宮城一男、玉川大学出版部)という評価のあることを付記しておきます。
9月の風と透明な魂―「風の又三郎」より―
神戸在住の画家、戸田勝久氏の美しい世界をごらん下さい。氏は『風の又三郎の世界』の中を散歩しながら描いたと言って下さいました。
ギャラリー(1) ギャラリー(2) ギャラリー(3) ギャラリー(4)
前から気になっていた「風の又三郎」の世界を自分なりに絵で表現してみようと取材のため夏の初めに花巻、盛岡、小岩井を訪ねました。
見るもの全て大きく雄大で、特に空の高さと、森の深さと木々の大きさに驚き、賢治の生きていた土地の空気を吸った気分になりました。
又三郎その人は、はっきりとは描かずに、空、雲、森、風、水を描き「又三郎」を象徴できればと思っています。(戸田勝久)
※1 鑑賞の手引き(2)事典に見る「風の又三郎」
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