深夜国道の怪

 お化けの話ではない。
 狐に化かされた話である。
 種明かしはあっけないのでお断りしておくが、大きな教訓を含んだ話なのでお許しいただきたい。

 もう20年ほども前の冬、人生何回目かの引越しをしたときの話である。
 翌日に出発する荷物と家族よりも先に、私は準備のため車でA県から東京近郊の私鉄B社線C駅最寄りの新居へ向かった。目的地へは数日前に電車で行って来たばかりだし、地図は頭の中に入っている。夕方の出発であったが、深夜には着くはずだった。

 高速道路を避けて走ったが割合順調に進んだ。いよいよ近くなって国道2××号をD市に入った辺り(×印)で左へ曲がった。この辺りである。ところがどうも見当がつかない。地名もピンと来ない。ウロウロ探したあと一旦国道に戻って2××号であるのを確かめて、再び適当と思われる道へ入って探し始めた。どうもいけない。見覚えのある所に出ない。しばらくするうちに最初に通った所に出てしまった。
 深夜なので辺りの風景も違って見えるのだろう、この辺りであるのは疑いがないし、地理的感覚には自信があるし、不覚なことに地図は引越しのどさくさで後部トランクであるし、ということで三度同じことを繰り返すことになったのだが、結局駄目であった。
 疲れきった私はこれは狐に化かされたな、と独り言を言いながら車を停めて考えてみた。国道2
××号から左へしばらく行けばB社の線路に行き着くはずであるがそれに当たらないということは、国道と線路の間の狭い地域でグルグル廻っているのに違いない。フムフム、ますます狐だな、よーし、ドンドン真っ直ぐ行ってまず線路を見つけようと目標を切り替えた。
 ところがそれからしばらく走ると一本道で地下道に入り、国道を潜ってしまった。なんとか戻ろうとするが道がない。すると向こうに踏切が見えて来た。さては国道の反対側のE社の線路まで来てしまったな、まあいい、ここで体制を立て直そうと、すぐそばの駅前に車を乗り入れてみてびっくりした。なんとこれが目的のB社線のC駅の一つ東京よりのF駅ではないか。
 どうしてここにB社線が通っているんだ、さっき地下道で国道を潜ったのは絶対に間違いはない、こっち側にあるはずがない、と私は激しく混乱してしまった。しかしその頃はもう半分ぐらいはどうでもよくなってきていた。やっと近くに着いたんだ、いいじゃないかと、早速勇躍線路に向かって左の郊外方向の駅へたどり着いてみるとどうもおかしい。なんとそれはC駅ではなく、さっきのF駅よりもう一つ東京よりのG駅ではないか。
 私はとうとう大きく笑い出してしまった。とんでもない世界に閉じ込められてしまったらしい。現実とは裏返しの別次元世界だ。もしここからこのあと抜け出すことができたなら、これは一生の語り草になるぞと。(その通り今私はお話ししている。)
 私は駅の裏へ回った。新居のあるのはそっち側ではないはずだが、この世界ではそうなるだろうと思ったのだ。線路を渡ってから慎重に指差し呼称して、こんどは一か八か線路に向かって左(東京方向と思われる)へ向かった。そんなはずはないのだが無事さっきのF駅に着いた。もう間違いはない。ここは別次元世界なのだ。今度は必死に線路から離れないように何度も線路に近づいて確かめながら芋虫のように進んだ。そのまま進むとやはり見覚えのあるC駅であった。しかし、あれ? 線路の反対側のはずなのに、正しく新居のある側であるように見えるぞ? これはほっとした方がいいのか? まあいいやと、ここは見覚えのある道なので辛うじて残っていた常識に従い、元の次元の世界で数日前歩いた方向へ進んだ。たどり着いたときは明け方近くであった。感慨も何もなくひたすら眠いので、私は寒い家の中を避けてヒーターをつけた車の中で眠ってしまった。この夜は結局何時間さまよっていたのだろうか。

 私の混乱をまとめてみる。

 あるべき世界の図

 

 国道2××号を東京に(図の下方向から上方向へ)向かってD市に入った付近(×印)で左折したが目的地が見つからない。これは三度も確かめた。

 私の遭遇した世界の図

 

 ×印で左折し、地下道を潜って国道の反対側に出て、そこにあるはずのない目的のB社線を見つけた。

 この反対側に出たというのが錯覚で、ずっと左折側にいたのだとしても、

 

 こんな風になってしまう。あるべき世界はどこへ行ってしまったのだろう。

 目が醒めたあと、私は念のために目の前の家をまじまじと眺めて新居に間違いのないことを確かめてから、何はともあれ私の勘違いを訂正しておこうと思って地図を取り出して見入った。そして声を上げた。「えーっ? そんなー!」

私の驚愕の原因を推理してから続きをお読みください。

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