歴史的仮名遣い 読み方へのとびら

歴史的仮名遣いはなぜふつうに読めないの?

読み方の決まり

 もし、あなたの亡くなったおじいさんの若いときの日記などが見つかってそれを読んだとしたら、「へえー、昔の人はこんなことを考えていたんだ。」とか、「お父さんにちょっとだけ聞いたことがあったけどよく分からなかったことが詳しく書いてある。」とか、興味は尽きないでしょう。私たちが古典を大切に思う気持ちも、元はと言えばこのような素朴な気持ちから来ていることは間違いありません。
 ところが、そう思って実際そのおじいさんの日記や昔の人の書いた文章を読もうとすると、私たちは戸惑ってしまいます。仮名の部分がどうにも読みにくくてしかたがないからです。
 おじいさんの若い頃(昭和の前期)までの時代にはこんなことはありませんでした。昔の手紙であろうと古典文学であろうと、仮名の読み方に戸惑うことはなかったのです。それまでは日本人は仮名を「昔の人が書いたと同じように」書くのが当然と思ってきました。ですから昔の人の書いたものを読むときも、今自分たちが書く文章を読むのと同じ気分でふつうに読むことができたのです。
 しかし昔の人が書いたのとは違う雰囲気の現代仮名遣いが制定され、教育されるようになってからもう数十年経ちましたので、今ではそれ以前に書かれた簡単な日本語をほとんどの人が読めない(と思い込んでいる)状態になっています。

 簡単に言えば、おじいさんやひいおじいさんよりもずっとずっと昔の大昔は発音する通りに仮名を書いたので、それをそのまま読めば正しく通じました。その後、文字はそのままで発音の習慣の方だけが変化していきましたが、それでも人々は自然にそれ(書いてある文字の通りには読まない読み方)に慣れていったわけですから、おじいさん達も読み方に苦労することはありませんでした。
 ところが昭和になって現代仮名遣いが使われるようになった後は、「書いてある文字の通りには読まない読み方」という考え方が忘れられてしまい、今では昔の文章をそのまま知らずに読むと通じないところが出てくるのです。

 大昔からの発音の移り変りと、それをどのように書いていたのかを表にしてみました。例に挙げるのは「扇」という言葉です。

時代 発音 書き方 仮名遣いに関する一般的説明
平安前期 アフギ あふぎ 仮名ができた頃です。発音している通りに仮名を書きました。
平安後期





江戸
アウギ

アォーギ

オーギ
あふぎ
あうぎ
おふぎ
など
発音が徐々に変化し、仮名の書き方が一部乱れ始めました。
元の書き方を調べた人もありましたが完全ではありませんでした。

知識人の書くものは割合正しいまま推移しましたが、庶民の書くものはより乱れていきました。

江戸時代になって元通りの仮名遣いがほとんど明らかにされましたが、広く普及はしませんでした。
日本語の発音は現代と同じになりました。仮名遣いの通りの発音をしていたわけではありません。

明治・大正・昭和前期 オーギ あふぎ 学校で元通りの(歴史的)仮名遣いが教えられるようになりました。
昭和中期以降 オーギ おうぎ 現代の発音に近い(完全に発音通りではない)仮名遣いが教えられるようになりました。


 「おじいさんの若いころは『蝶』を『てふ』って書いてたんだって。どうしてそんな変な書き方をしてたのかなあ。」と不思議に思っていた方ももう分かりますね。
 「蝶」はものすごい大昔は「テフ」と発音して「てふ」と書いていました。
 その後発音が「チョー」に変わっていき、書き方が乱れました。
 それから長い年月がたって、明治や大正時代生まれのおじいさんは「チョー」と発音していましたが、書き方は学校で「てふ」と習いました。
 そして今皆さんは「チョー」と発音して、「ちょう」と習っているのです。

 でも、「あふぎ」と書いて「オーギ」と読んだり「てふ」と書いて「チョー」と読んだりなんて変すぎる、と思う人はいませんか。
 そうですね。たしかにいきなりそう聞いたら相当変な気がしますね。しかし幼い頃からそういうふうに読むことに慣れてしまえば全然変とは感じなくなるものなのです。今、私たちも「おうぎ」と書いているのに「オウギ」ではなく「オオギ」または「オーギ」と発音しています。「ちょう」と書いているのに「チョウ」ではなく「チョオ」または「チョー」と発音しています。このことには慣れている私たちはほとんど気付いていませんが、日本語を初めて習う外国人などははっきり意識するそうです。

 今、私たちは「私は学校へ・・・」という文章を見たときに「は」と「へ」をごく自然に 「ワ」「エ」と発音し何の違和感ありません。かえって「ハ」「ヘ」と読むなどとは思いもしません。このように文字の書き方の習慣とは意識に深く浸み込むものなのです。ですから昭和の前期までの日本人は語中の「ひ、ふ、ほ」なども同じようにごく自然に「イ」「ウ」「オ」と発音し何の違和感も感じませんでした。また「あふ」も「オー」、「てふ」も「チョー」と自然に読んだのです。

「テフ」の発音がどうしても「チョー」に結びつかないという人は次の順に発音してみてください。
テフ→テウ→テオ→ティオ
チョーになってきたのがなんとなく分かりますね。

 もしも将来、完全に発音と同じ仮名遣いが定められることになったら「蝶」は「ちょお」と書くことになるかもしれません。そのときにはきっと人々は
 「平成や令和時代わ『ちょお』お『ちょう』って書いてたんだって。どおしてそんな変な書き方おしてたのかなあ。」
と不思議に思うに違いありません。

 このように、今私たちが使っている「現代仮名遣い」も決して書いてある通りに発音するものではありません。慣れているので意識はしていませんが、一定の決まりによって正しく通じるように読んでいるのです。
 「歴史的仮名遣い」も同じように、書いてある通りに発音するのではなく発音のしかたには決まりがあるのだと理解してください。



 それでは、歴史的仮名遣いで書かれた文を、現代において正しく通じるように読むときの決まりを見てみましょう。

 読み方の決まり   Historical kana usage:How to read




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