枕草子

 「枕草子」西暦九九六年頃以降)は平安時代中期の仮名文学の代表です。残念ながら現存する最も古い写本でも鎌倉時代のものですから清少納言の書いた原文が本当はどんなものであったのか知ることは不可能です。
 しかし例えば次の引用部分には、平仮名では正しい発音を表わしにくかったた漢語や意味の分かりにくい字音語などが含まれていませんので、この箇所はすべて平仮名で書かれたものと推定することができます。仮名の字種を現代の標準のものに統一し、続け書き連綿)はせず、読みやすいようにスペースを入れて記します。踊り字は使用しません。



 当時は―転呼がまだ無かったたとすると※1―一字ずつ文字通りに発音されました。濁音は明示されませんでしたが、一部鼻にかかった発音でした。撥音の表記は不徹底で一定しませんでした。は行の仮名の発音はファ行のようでした。さ行とた行の一部の音も現在と違っていたと言われます。一字語は延ばして発音されました。したがって右の文は概略※2

ファルファアケボノ ヤウヤウシロクナリユクヤマギファスコシアカリテ ムラサキダティタルクモノフォソクタナビキタル
ナトゥファヨル トゥキノコロファサラナリ ヤミモナフォ フォタルノオフォクト
ビティガフィタル マタ タダフィトトゥフタトゥナンド フォノカニウティフィカリテユクモウォカシ アメナンドフルモウォカシ
アキファユフ
グレ ユフフィノサシテヤマノファイトティカウナリタルニ カラスノネドコロフェユクトテ ミトゥヨトゥ フタトゥミトゥナンドトビイソグサフェアファレナリ マイテカリナンドノトゥラネタルガ イトティフィサクミユルファイトウォカシ フィイリファテテ カジェノオト ムシノネナンド ファタイフベキニアラズ
フユファトゥトメテ ユキノフリタルファイフ
ベキニモアラズ シモノイトシロキモ マタサランデモ イトサムキニフィナンドイソギオコシテ スミモテワタルモイトトゥキドゥキシ フィルニナリテヌルクユルビモテイケバ フィウォケノフィモシロキファフィガティニナリテ ワロシ

と読まれたと思われます。また、スピードは現代の感覚よりは相当ゆっくりしていたようです。
 声を出して読んでみましょう。古代日本語が髣髴としてきます。
 ※1当時は語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」の発音が一部「ワ、ウィ、ウ、ウェ、ウォ」であった可能性があります。 ※2この音声表記は一つの推測例です。すべて確かと言えるわけではありません。

 代においては転呼して

ハルワアケボノ ヨーヨーシロクナリユクヤマギワスコシアカリテ ムラサキダチタルクモノホソクタナビキタル
ナツワヨル ツキノコロワサラナリ ヤミモナオ ホタルノオークトビチガイタル マタ タダヒトツフタツナ(ン)ド ホノカニウチヒカリテユクモオカシ アメナ(ン)ドフルモオカシ
アキワユーグレ ユーヒノサシテヤマノハイトチコーナリタルニ カラスノネドコロエユクトテ ミツヨツ フタツミツナ(ン)ドトビイソグサエアワレナリ マイテカリナ(ン)ドノツラネタルガ イトチーサクミユルワイトオカシ ヒイリハテテ カゼノオト ムシノネナ(ン)ド ハタユーベキニアラズ
フユワツトメテ ユキノフリタルワユーベキニモアラズ シモノイトシロキモ マタサラ(ン)デモ イトサムキニヒナ(ン)ドイソギオコシテ スミモテワタルモイトツキズキシ ヒルニナリテヌルクユルビモテイケバ ヒオケノヒモシロキハイガチニナリテ ワロシ


 と読みます。歴史的仮名遣いの原理古文の読み方について参照)
 この読み方を仮に現代仮名遣い方式で表せば次の通りです。

はるはあけぼの ようようしろくなりゆくやまぎわすこしあかりて むらさきだちたるくものほそくたなびきたる
なつはよる つきのころはさらなり やみもなお ほたるのおおくとびちがいたる また ただひとつふたつな(ん)ど ほのかにうちひかりてゆくもおかし あめな(ん)どふるもおかし
あきはゆうぐれ ゆうひのさしてやまのはいとちこうなりたるに からすのねどころへゆくとて みつよつ ふたつみつな(ん)どとびいそぐさえあわれなり まいてかりな(ん)どのつらねたるが いとちいさくみゆるはいとおかし ひいりはてて かぜのおと むしのねな(ん)ど はたいうべきにあらず
ふゆはつとめて ゆきのふりたるはいうべきにもあらず しものいとしろきも またさら(ん)でも いとさむきにひな(ん)どいそぎおこして すみもてわたるもいとつきづきし ひるになりてぬるくゆるびもていけば ひおけのひもしろきはいがちになりて わろし



 参考
 
春は曙。やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
 夏は夜。月の頃はさらなり、闇もなほ、螢の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
 秋は夕暮。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛びいそぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いとちひさく見ゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。
 冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに火など急ぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし。昼になりてぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりて、わろし。


 源氏物語

 

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