各種転呼のメカニズム

参考:は行音自体の変遷

元々の発音 唇をはっきり閉じなくなる 唇を全く閉じなくなる・現在
パピプペポ ファ フィ フ フェ フォ ハヒフヘホ

唇を閉じてから息を吐くと「プ」という息の音がする。この音を[p]で表す。
唇をすぼめ(完全に閉じずに隙間を開けて)、息を吐くと「フ」という息の音がする。この音を[]で表す。
唇を開いたまま息を吐くと溜息のような息の音がする。この音を[h]で表す。

歴史的な発音変化の主な原動力は「省力化」である。
大昔に[pa][pi][pu][pe][po]であった音は唇の運動を省略する方向へと変化した。
まず唇を完全に閉じない[a][i][u][e][o]となり、次いで唇を開けたままの[ha][hi][hu][he][ho]の方向へ変化するが、このうち[hi]は実際には後部の[i]の影響で最初から舌を盛り上げる[i]となり、[hu]は[u]の影響で最初から唇をすぼめる[u]のままに停った。

 

●和語の語頭以外のは行

元の発音 息を吐かず、わ行に同化する 「ひ、へ」で唇をすぼめない 「は」のみ唇をすぼめる・現在
ファ フィ フ フェ フォ ワ ウィ ウ ウェ ウォ ワ イ ウ イェ ウォ ワイウエオ

唇をすぼめて声を出すと「ウ」のような声がでる。この音を[w]で表す。

語中に位置する[a][i][u][e][o]は前の音に続いて改めて息を吐いて発音する負担を軽減するために、息を吐かない[w]を使った[wa][wi][wu][we][wo]に変化し、さらに後半の母音が唇の平たい[i][e]のときは最初から唇をすぼめないようになり、最終的には[wa]以外では唇をすぼめない[wa][i][][e][o]となった。
([]は唇をすぼめない「ウ」)
なお、この転呼は現代仮名遣いに残る助詞の「は、へ」の表記において観察される。

 

●あう、あふ、かう、かふ、・・・

元の発音     開音と言われた長音 現在
アウ、アフ、カウ、カフ アウ、カウ (アオ、カオ) アォー(アーとオーの中間)、カォー(カーとコーの中間) オー、コー

古来の日本語は連母音を嫌う性質があった(参考)ために、新しく生じた[au]は最初から不安定な発音であった。
そこで連母音を避けるために二母音が融合するにあたり、まず[a]と[u]では顎の開きにも奥舌の高さにも大差があるのでその差を少なくするために後半の[u]の顎の開きと奥舌の高さを[a]に近づけ[o]とし、その上で[ao]が融合して[a]と[o]の中間音の長音[:]となったと考えられ、さらにこの不安定な音は安定な[o:]となった。

 

●いう、いふ、きう、きふ、・・・

元の発音   現在
イウ、イフ、キウ、キフ イウ、キウ ユー、キュー

[i]と[u]は舌の盛り上がりの位置が違うのでそのまま融合すると不安定な中舌母音となってしまう。そこで前部の[i]を舌の盛り上がり位置を同じくする半母音[j]に変えた上で二拍分に延ばし[ju:]として連母音を避けた。
なお、この転呼は現代仮名遣いの「言う」の表記において観察される。

 

●えう、えふ、けう、けふ、・・・

元の発音     合音・現在
エウ、エフ、ケウ、ケフ イェウ、キェウ (イェオ、キェオ) ヨー、キョー

エは古くイェに変化した。
[je]から[u]への顎の開きの差をなくし[jeo]となるが、長音[jo:]として連母音を避けた。

 

●おう、おふ、こう、こふ、・・・

元の発音   合音と言われた長音・現在
オウ、オフ、コウ、コフ オウ、コウ オー、コー

連母音を避けるために[o]から[u]への顎の運動を省略して[o:]となった。
なお、この転呼は現代仮名遣いに残るオ段長音の表記において観察される。

 

●漢字音の きやう、しやう、・・・

元の発音   開音と言われた長音 現在
キャウ、シャウ (キャオ、シャオ) キャォー(キャーとキョーの中間)、シャォー(シャーとショーの中間) キョー、ショー

[jau]の母音[a]から[u]への運動量を少なくするために[u]の顎の開きと奥舌の高さを[a]に近づけ[o]とし([jao])、その上で[ao]が融合して[a]と[o]の中間音の長音[:]となって連母音を避けたと考えられ([j:])、さらにこの不安定な音は安定な[jo:]となった。

 

●漢字音の きよう、しよう、・・・

元の発音 現在
キョウ、ショウ キョー、ショー

[jou]の[o]から[u]への顎の運動を省略して[jo:]となった。
なお、この転呼は現代仮名遣いに残るオ段拗長音の表記において観察される。

 

●漢字音の くわ、くわい、くわく、くわつ、くわん、ぐわ、ぐわい、ぐわつ、ぐわん

元の発音(合拗音) 現在
クヮ(・・)、グヮ(・・) カ(・・)、ガ(・・)

[kwa][gwa]では唇をすぼめるが、これを省略したために[ka][ga]となった。

(他に[kwi][gwi][kwe][gwe]の漢字音もあったが、これらは早くに[ki][gi][ke][ge]となったのでふつうは字音仮名遣いには含めない。)

 

完全に転呼しきっていないと思われるもの

●えい、えひ、けい、けひ、・・・

元の発音     現在
エイ、エフィ、ケイ、ケフィ エイ、エウィ、ケイ、ケウィ エイ、ケイ エイ、エー、ケイ、ケー

連母音を避けるために[e]から[i]への顎の運動を省略して[e:]となりつつある。
なお、この転呼は現代仮名遣いに残るエ段長音の表記において観察される。

 

特殊な転呼と見なせるもの

●あふひ(葵)、あふ(扇)ぐ、あふむ(仰)く、あふ(煽)る、たふ倒(す) など

元の発音 現在
アウ、タウ アオ、タオ

[a]から[u]への運動量を少なくするために後半の[u]の顎の開きと奥舌の高さを[a]に近づけて[ao]となり、そこで変化が止まった。(参考

 

●あをみ(青海)、あをめ(青梅)、あかほ(赤穂) など

元の発音 開音と言われた長音 現在
アオ、カオ アォー(アーとオーの中間)、カォー(カーとコーの中間) オー、コー

[ao]が融合して[a]と[o]の中間音の長音[:]となり、さらにこの不安定な音は安定な[o:]となった。

 

●古語助動詞・助詞中の 

元の発音 唇を開けない 唇、舌は任意・現在
[m:] ン(/N/)

[mu]を唇を開けずに発音すれば鼻音拍[m:]となり、さらに種類を問わず鼻音拍一般/N/(「ン」)で代替されるようになった。
撥音便の一種であるが、実質的に転呼となっている。(元の表記のままで発音が変化しており、表記通りの発音の語は存在しなくなったと言ってよい。)

使役の「しむ」は例外で、「シン」とは読まれない。

 

●古語における ま行の前の む、その他若干の む

(元の発音) 往時の発音 現在
種々 [m:] [m:]

[m]の前に位置する唇を閉じたままの鼻音[m:]が「む」と書かれたもの※。今ではどう読むか分からず「ム」と読まれることが多い。

例:むま(馬)、むまき(牧)、むまご(孫)、む(生)まる、むめ(梅)、む(埋)もる など。

似たものに むば(姥)、むばたまの、むば(奪)ふ、むばら(茨)、むべ(宜)、むべむべ(宜宜)し、いむべ(斎部)、よむべ など、ば行の前の む、他に おむな(嫗)、をむな(女)、かむ(神)〜の各語、むなぎ(鰻)、むだ(抱)く やむごとなし などがある。
これらは[b][n][d][
g]の前に位置する「ウ」「ヌ」「ミ」「ム」などが[m:]となったもので、「む」と書かれた※。現在では語によってあるいは人によって「ム」、「[m:]」、[m:]以外の「ン」と読まれる。
「む」の発音の沿革については語によって複雑なところがあり、単純に捉えることはできない。

 ※「む」ではなく「う」と書かれた場合もある。

 

●多くの漢語中の ・・きか、・・きき、・・きく、・・きけ、・・きこ、・・くか、・・くき、・・くく、・・くけ、・・くこ

(元の発音) 「き」「く」を促音に変える
(・・キ・・、・・ク・・) ・・ッ・・

[ki k],[kuk]のうちの聴こえの小さい母音[i],[u]を省略するとともに前の[k]の外破を省略して[k:](「ッ」)とした。
促音便の一種であるが実質的な転呼と見なせる。(元の表記のままで発音が変化しており、多くの場合表記通りの発音の語は現存しない。)※

例:せきけん(石鹸)、がくき(楽器) など。

 ※ただし例えば「てきかく(的確)」を「テッカク」と読む場合はこの項に該当するが、「テキカク」と読めばこの限りでない。

 

●一部の漢語中の ・・んあ、・・んい、・・んう、・・んえ、・・んお など

(元の発音) あ行、や行、わ行をな行に変える
(・・ンア、・・ンイ、・・ンウ、・・ンエ、・・ンオ、など) ・・ンナ、・・ンニ、・・ンヌ、・・ンネ、・・ンノ、など

[n]と後続音を自然に結合させたもの。
連声と呼ばれる現象であるが実質的な転呼と見なせる。(元の表記のままで発音が変化しており、多くの場合表記通りの発音の語は現存しない。)※

例:いんえん(因縁)、てんわう(天皇)、はんおう(反応) など。

 ※ただし例えば「おんあい(恩愛)」を「オンナイ」と読む場合はこの項に該当するが、「オンアイ」と読めばこの限りでない。

(元の発音) あ行、や行、わ行をま行に変える
(・・m:ア、・・m:イ、・・m:ウ、・・m:エ、・・m:オ、など) ・・ンマ、・・ンミ、・・ンム、・・ンメ、・・ンモ、など

[m]と後続音を自然に結合させたもの。
連声と呼ばれる現象であるが実質的な転呼と見なせる。(元の表記のままで発音が変化しており、多くの場合表記通りの発音の語は現存しない。)※

例:おんやう(陰陽)、さんゐ(三位) など。

 ※ただし「さんゐ」を「サンミ」と読む語はこの項に該当するが、「サンイ」と読む語は該当しない。

 

●一部の漢語中の ・・つあ、・・つい、・・つう、・・つえ、・・つお など

(元の発音) 促音化し、あ行、や行、わ行をた行に変える
(・・ツア、・・ツイ、・・ツウ、・・ツエ、・・ツオ、など) ・・ッタ、・・ッチ、・・ッツ、・・ッテ、・・ット、など

[t]と後続音を自然に結合させたもの。
連声と呼ばれる現象であるが実質的な転呼と見なせる。(元の表記のままで発音が変化しており、多くの場合表記通りの発音の語は現存しない。)

例:せついん(雪隠) など。

 ※ただし「セツイン」の語も現存するとすれば転呼とは言えない。

 

●その他のもの

 省略

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注:音声記号は簡略・便宜表記を用いた。

注:読み方を示す時の片仮名の発音について

発音を表す記号として使われる片仮名の「ウ」は引き音ではないことに注意。例えば「コウ」「ショウ」と発音されると示されたものは無意識に現代仮名遣いの読み方(転呼)に惑わされて「コー」「ショー」だと受け取り勝ちだが、これらはあくまでも「コ・ウ」「ショ・ウ」の発音を示している。同じく「エイ」「ケイ」などと発音されると示されたものは「イ」が引き音ではない。


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