補講402教室

特別授業:「読むで」「死ぬで」「会ふて」「〜てしまはあ」「笑ほ」「しちやほ」などについて

 「読んで」は「読むで」と書くのがより正しいのでせうか。

 いいえ、「読んで」といふ語は「読む」に「て」や「で」が付いてできたものではありませんし、「読みて」の発音がヨミテ→ヨムデ→ヨンデと段階的に変化してできたものでもありません。
 「読んで」は「読みて」といふ語をわざとぞんざい(あるいは斬新)な発音でいきなりヨンデと言ひ替へて作つた新語(音便形)なのです。参考1 参考2
 元の語形は当然ヨミテと発音し「読みて」と書かれ、新語はヨンデと発音し「読んで」と書かれました
 したがつて「ヨミテ」と「ヨンデ」をつなぐ中間のものを考へて「読むで」とするのは意味がありません。

「ン」の発音を表す仮名がなかつた時代には「む」の仮名で代用して「ン」と読んだこともあつたが、「ん」の仮名ができて以降、「読むで」と書けば「ヨムデ」としか読めず、「ヨンデ」と発音するためには「読んで」と書く以外にない。これは古語の助動詞における「む」が現在その文字のままで「ン」と発音される転呼の現象とは全く異なる。

 同様に「死ぬで」も「遊ぶで」も間違ひです。

 元の語から(転呼ではない)発音の変化によつて別の語形ができたときは(変化した部分については)元の語とは関係なく新しい発音を書いて表すのです。

 「アンタ」の「ン」は「アナタ」の「ナ」から来たのだからナ行を生かして「ヌ」の方がいいだらうと、「あぬた」と書くのが正しいと思ひますか。

 あなた→あんた
 しんまへ→しんまい
 ゐばる→えばる

 などを

 あたこそしんまのくせにばるなよ。

 と書くのは由来を考へすぎた誤りです。このやうな考へ過ぎの間違ひのことを「誤つた回帰(誤回帰)」と言ひます。

 「読むだらう」は「読むと思はれる」、「読んだらう」は「読んだだらう」といふ意味です。
 「知らぬ顔」は「面識のない人」、「知らん顔」は「無視する態度」を意味します。

 もしかして歴史的仮名遣ひではどちらも「読むだらう」、「知らぬ顔」になるから書き分けられないのだと思ひ込んでゐる人はありませんか。その考へは誤つた回帰によるものです。

 

 「会うて」は「会ひて」の音便形です。「ひ」の部分をわざと「ウ」と発音してできた語ですから「う」と書きます。ハ行動詞だからといつて「会ふて」と書くのは誤りです。活用形「会ふ」に「て」が付いたものではなく、既存の活用範囲をわざと逸脱して作つた語なのです。

 「〜てしまわあ」は「〜てしまふわ」の変化です。「ウワ」の発音がぞんざいに「ワア」となつたもので、未然形の「しまは」とは関係ありません。ハ行動詞だからといつて「しまはあ」と書くのは誤りです。

 「笑お」は「笑はう」の短縮形です。ハ行動詞だからといつて「笑ほ」と書くのは誤りです。すでにハ行ではなくなつた「オー」の発音が直接「オ」となつたものであつて「笑は」以外の活用形を経たものではない以上、「笑ふ」の活用について勘案する意味はなく、純粋に「オ」の発音を「お」と写すのです。文法が関係しない発音の短縮に過ぎないのです。
 「しちやお」も同じです。

 もう少し説明しますと、語中において「オ」と発音される部分が「ほ」と書かれる語は、すべて室町時代以前にできた語です。その後は新語においてハ行転呼は起こらなくなり、新しくできた語は「オ」と発音するものは「お」と書き、「ホ」と発音するものだけ「ほ」と書かれました。
 「ワラオ」と発音する語は明らかに「ワラオー」と発音する語より後にできました。その時代にはすでに新語にハ行転呼は適用されませんから、「ワラオ」と発音して「わらほ」と書くことはありません。
 室町以前であれ以後であれ、「ワラホ」といふ発音があつたとすればそれは「わらほ」と書かれたでせうが、そのやうな語は現在に至るまで存在しません。逆に言へば、「わらほ」を正しいとするためには、かつて室町以前に「わらほ」と書いて「ワラホ」または「ワラオ」と発音する語があつたか、あるいは室町以後に「わらほ」と書いて「ワラホ」と発音する語があつたといふことでなければなりません。当然そのどちらもありませんでした。

 さらに説明しますと、仮にもしハ行転呼しないまま「ワラファウ」→「ワラファォー」→「ワラフォー」→「ワラホー」→(短縮)「ワラホ」と発音されてきた事実があるのならば、「ワラホー」までは一貫して「わらはう」と書かれ、そして新語「ワラホ」は「わらほ」と書かれたはずですが、それは事実ではありません。
 実際は「ワラファウ」→(ハ行転呼)→「ワラワォー」→「ワラオー」→(短縮)「ワラオ」であり、「ワラオー」までは転呼ですから一貫して「わらはう」と書かれましたが、新語「ワラオ」については、新語にハ行転呼を適用しない時代ですから「わらほ」と書くと「ワラホ」としか読めず、当然「わらお」としか書けませんでした。
 この語にはどこにも「ほ」と書く契機は存在しないのです。

参考:

 「行こ!」は「行かう!」をぞんざいに短くしただけの発音です。「行か」以外の活用形を経てできたものではありません。「行こ」は単に「コ」の音写による表記にすぎず、カ行「五」段活用を意味するものではありません。
 「ましょ」は「ませう」をぞんざいに短くしただけの発音です。「ます」がサ行活用だからといつて「まそ」とは書きません。発音をそのまま写して書くのです。

 

参考:発音変化による新語形の表記について



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